選挙制度の改良を求む_20241103

お久しぶりです。また1年ぐらいあきました。

先日の衆議院解散を受けての選挙で、私の本当の民意を反映した投票ができなかったので、書いてみたい。

にわか調べなので、間違ってたらお許し下さい。

 

私としては憲法改正阻止、戦争への道の阻止の一点のみが今回の争点であった。

 

本心はA党やB党に投票したい。

 

しかし、死票をおそれ、そのどちらにも入れることができなかった。

C党の当選阻止が至上命題だった。

本心は私の選挙区のC党候補者に罪はなく、素晴らしいと思っているので応援したかったが。

 

ことごとく本心とは裏腹な投票活動をせざるを得なかった。

それで、今の選挙制度おかしくない?って改めて思った。

 

・勝者総取りではない

死票というものは存在しない

・少数の意見も、少数なりに政策に反映する

死票とか考えずに好きな候補や政党に投票できる

・供託金をもっと少ない金額にする

そんな選挙制度に改良してもらいたい。

 

 

現在の衆議院選挙は、

小選挙区死票がたくさん出る)

・ブロックごとの比例代表(少数派の意見が、全国で集計するよりも反映されづらく、一議席も獲得できず、死票になりやすい)

となっている。

つまり、少数派の意見は切り捨てられやすい仕組みになっている。

また、少数派の国民は選挙の敗北により、消えてなくなるわけではないのだから、勝者総取りで、勝者サイドだけがこの世の春となるのはおかしい。

 

参議院比例代表

・全国での比例代表

であり、少数派の意見も寄せ集めれば、一議席の獲得につながりやすい。衆議院選挙の比例代表と違って、応援している個人名を書くこともできる。遠方から好きな候補者を応援することもできる。

 

しかし、参議院の方が議席が少ない。

国政という意味では、参議院の全国比例代表こそが、民意を反映してると思うのだが。

参議院衆議院議席数や力関係を逆にすべきではないか?

国政にも関わらず、衆議院選挙は地方選挙の様相が強すぎると思う。

それで国民は国の政策の舵取りができるのか?

政治家の側としても、国民全体に求められている政策と真剣に向き合おうという意識になるのだろうか?

ベーシックインカム49最近思うこと

お久しぶりです。

1年ぐらいあいてしまいました。

最近思うこと。

 

1ベーシックインカム負の所得税セーフティネットとしてやはり欲しいところ

 

2それと同じかそれ以上に大事なのが、経済の外を拡大すること。プライスレスの部分。すべてに経済が当てはめられた世界などぞっとする。昔はもっとこの分野が大きかった。

 

3コスト・プッシュ・インフレとはいえ、インフレ傾向である。供給力に翳りが見えてきた。人口減少対策、人手不足なのに売上が増えるという異常。供給力を改善しなければという思いが強い。それがないと政府通過発行によるベーシックインカムもおぼつかない。

 

エントロピーにより世界はだんだんおかしくなる。だから、おかしいことはおかしいと言うことが大事。そして人間が制度に合わせるのではなく、制度を人間に合わせるのだ。

戦争反対。

セネカに言わせれば怒りに支配されてる時間は我々の短い人生にはない。

戦争してる場合ではなく、建設的なことをしないと。

人間が変わるのが難しいのは日々いやというほど感じているが、社会は変われると思いたい。

ベーシックインカム㊽_ギリシャ危機を元にした検証および新しい絵「ニトフ」の共有について_2022/12/24/Sat

2022/12/24/Sat

 

先日池戸万作さんのツイートを引用リツイート等していた。

政府債務を増やして、通貨供給量を増やせば経済成長できるという話だ。

するとリプライで、それが本当ならギリシャはどうなんだ、という反論があるアカウントからあった。

 

そこで気になり調べてみた。もしかしたら私が何か間違っているのかもしれない。

2009年10月からギリシャ危機は始まったようだ。

財政赤字を隠蔽しており、赤字は5%ではなく実際は12%だったというものが発端で、

ギリシャ国債が格下げされて、

ギリシャがお金を借りづらくなり、

IMFEUの支援(条件として増税、年金減額、緊縮財政、構造改革が求められた)を受け、財政をなんとか建て直した。

2015年には国民が厳しい締め付けに反発して、ポピュリスト政党が政権を執り、反緊縮路線を進めようとしたが、

EUとの交渉に行き詰まり、

結局は増税、年金カットを余儀なくされた。

2018年8月にギリシャ支援の金融プログラムが完了。

2012年には10年国債の利回りが30%にまで上昇していたのが、

2019年7月には2.05%にまで低下した。

 

ギリシャ危機の文脈で日本を論じるとき、

日本も国債が暴落して、

お金が借りられなくなったら、

資金繰り破綻することはありうるのではないか、

という話になる。

 

しかし、ユーロ通貨圏のギリシャとは異なり、

日本は、自分で円を発行できる点が異なり、

最悪の場合、円を刷ることができるから問題ないという意見は多い。

 

しかし、財政ファイナンス(円を刷る)は、世界の歴史の教訓として基本的には禁止されている。

放漫財政に歯止めがかからなくなり、戦争に走ったり、高いインフレになり、

信頼を失うおそれがあるからだ。

 

ギリシャ国債を乱発していたわけではないし、ハイパーインフレにもなっていなかった。

ギリシャの事例は国債発行と経済成長の因果関係はむしろ正の相関関係にあることを証明している(緊縮財政で国債発行を抑えられてから、経済成長しなくなった)。

以上の調査から、申し訳ないが先のツイートの対する、「それが本当ならギリシャはどう説明するんだ?」という反論は当たらないと思う(国債発行が経済成長に結びつくのは事実だと思う)(ただし、国債発行をしすぎて、日本国債の格付けが下がり、お金を借りにくくなったらギリシャみたいになるのでは?という注意点は私も認識することができた)。

小さな政府と知られているアメリカでさえ、1990年と2022年を比較すると政府債務残高は6倍になっている。日本はこの間5倍である(数字は「世界経済のネタ帳」というサイトを参考にしている)。

ギリシャはこの間11倍。

ちなみに韓国は同期間で45倍。

中国は1995年から2022年で70倍である。

いかに経済成長に、政府債務増加(マネー供給量の増加)が欠かせないかがわかるだろう。

マネー供給量には政府マネー供給のほかに、民間マネー供給もある(民間銀行の融資残高の増加分)。この2つが車の両輪である。

日本はバブル崩壊で民間が委縮した(民間銀行の融資残高が伸び悩む)中で、小さな政府を指向した。要するに車の両輪をどちらも止めてしまったのだ。その結果、経済成長はぴたりと止まってしまった。他国が経済成長していく中で、日本だけがこの30年取り残されてしまった。失われた30年。

経済成長がピタリと止まってしまったので、GDP比での国債残高が他国に突出して大きくなってしまった。国債を増やしているのはどこの国も同じだし、日本以上にみんな増やしている(ところで、日本が増やした政府債務は、経済成長していないならどこに消えたのだろうか?それは大企業の内部留保だと思われる。使われないで滞留しているお金は、バケツ(財・サービス、経済全体)の中に注いだ水(マネー供給)が、バケツの穴から出て行ったようなものだ)。大きな違いは民間マネーの増え方が日本では異様に低かったことだ。その結果、他国のような経済成長ができなかったと私は考えている。

とるべきだった正しい手段としては、委縮してしまった民間分も補えるような大規模な政府債務増加(政府支出増加)を行うべきだったと思う。

 

 

  • 新しい絵「ニトフ」

国債がダメだと言うなら、借金がダメだと言うなら、堂々と新しい政府通貨発行を行えばよい(ベーシックインカムの財源としては、税金<国債MMT)<新しい政府通貨発行、の3種類があり、右に行くほど好ましいと思う。国債と新しい政府通貨発行の違いは、本質的には同じようなものであるが、国債は返さなければいけない、とか財政破綻のリスクにまで踏み込むと新しい政府通貨発行が良いという話になる)。

しかし、それも放漫財政になり、戦争に走るというのであれば(本来、マネー供給と戦争は別の問題だと思うのだが、親和性がどうしても高いのだろう)、負の所得税にだけ新しい政府通貨発行を許してはもらえないだろうか。

それで憲法にうたう最低限度の文化的な生活を保障し、分配問題でいうところのミニ・マックス基準(マキシミン基準、ロールズ基準)を満たし、不足分は累進課税税率の増加で補う(マックス・ミニ基準を満たすことにつながる)。

新しい政府通貨発行分(負の所得税分)ぐらいは、財・サービスは増えるだろうと思われるので(生活費として消費されるだろう)、インフレリスクも少ないと思う(バケツ(財・サービス、経済全体)に水(マネー供給)を入れると水位(物価)が上がるが、バケツが広がれば、水位は上がらない)。

それでも、インフレの具合を見て、インフレが大きいようなら財源の内、新しい政府通貨発行を減らし、累進課税分を増額する(税金はマネーの還流であり、マネー量を増やす効果はないのでインフレにはならない)。

かくして一億総中流と言われた、安心安全の時代の日本に近づくことができる。当時はワークフェア(企業福祉)と家族制度福祉が強かったが、今はそれらが解体されつつあり、代わりに負の所得税による福祉(Negative Income Tax welFare: NITF:ニトフ)にて安心安全を保障しようではないか。

財・サービスが増えるということはその分お金が増えなければならず、お金が増えない場合はデフレになる(=デフレだった頃の日本)。

財・サービスが増えないのにお金が増えれば、その分インフレになる(=ハイパーインフレなど)。

財・サービスが減るのにお金の量が変わらなければインフレになる(=人口減少社会)(=戦時下、戦争直後)。人口減少社会においてはお金の回収も考えなければいけなくなるかもしれないが、自然と民間銀行の融資残高が減っていくことである程度可能だろう。

高齢者福祉については、お年寄りに対して若者の方が少ない時代はこれからも続くだろうから、税金ではまかなえず国債発行などは必要な時代がまだ続くだろう。

お金を透明にして(お金の存在を無視して)考えてもらいたい。必要な財・サービスの量が増加減少するのであり、それに合わせてその交換券たるお金の量は調節してやらなければならない。

まずはお金を増やすことで呼び水となり、経済成長が起こるということを肝に銘じてもらいたい。

お金がなければ逆に、本来必要な財・サービスでさえ作られなくなっていくだろう(=デフレ下の日本)。

 

以上でこの論考を終わる。

ベーシックインカム㊼_分配問題について_2022/12/17

2022/12/17/Sat

 

分配問題について

 

いつもご愛読ありがとうございます。

分配問題について詳しくないのですが、少しまとめてみようと思います。

供給力の範囲内でお金を増やすことは大事ですが、現実には分配問題も含めてミックスして進めていく必要があると思います。

 

今日はその分配問題についてです。

格差の大きいものから順に並べると以下のようになる。

マックス・マックス基準:最大の者が、最大の利得を得るように分ける。

現在の世界はこれになっているのではないか。上位何人かで世界の富の大半を占めているとか。

ミニ・ミニ基準:最小の者が、最少の利得を得るように分ける。

そんなことあるの?と思うかもしれないが、けっこうある。いじめとか立場の一番弱い人を冷遇したりする。

ホームレスや水際対策で生活保護を受けれなくて困っている人もこれにあたるだろう。

ミニ・マックス基準(=マキシミン基準)(=ロールズ基準):最小の者が、可能な限り多くの利得を得るように分ける。

分配の公正を考える上で大事な基準。

生活保護などで最低限度の生活を保障するのがこの考えだろう。

昔の日本の終身雇用などのワークフェア(企業福祉)もこれにあたるかもしれない。単純労働でも、窓際族に追いやられても、ある程度食べていけたのだ。

マックス・ミニ基準:最大の者が、なるべく小さい利得を得るように分ける。

これも昔の日本で、累進課税がまだ高かった頃などがこれにあたるだろう。

分け前の分布がより平等であること(≒横並び)(≒社会主義

 

 

その他にも以下の考え方がある。

分け前の満足感の総計がより大きいこと。

 

分け前の満足感の総計がより小さいこと。

 

分け前ベクトルがパレート効率になっていること(これはよくわからないが、他者の満足を下げないでは、ある人の満足を上げることができないギリギリの均衡点のことをいうようだ)。

 

分配についてはゲーム理論ナッシュ均衡、パレート均衡などにて詳しく分析されているようだ。

 

普通に考えると強いものが自分たちに都合のよいように社会や制度をつくるだろう。マックス・マックス基準になりがちだろう。

政府がお金持ち優遇をするとマックス・マックス基準に拍車がかかるだろう。

本来政府はそれを是正する役割だろう。

しかし現実はお金持ちと政府が癒着し、お互いに利害関係を持ち(選挙と利権、票田)、本来の役割は果たせず、お金持ちの片棒をかつぐようにできている。

どのような社会であろうとも最低限度のミニ・マックス基準は担保されるべきである。何人も文化的な最低限度の生活は保障されて然るべきだろう。それは生活保護であったり、ベーシックインカムであったり、私が推している負の所得税であったりするかもしれない。

 

最後に素人なりにゲーム理論を使って考察して終わるとしよう。

(  )内の左側の数字が貧乏の利得、

右側の数字がお金持ちの利得を表す。

 

上の図で利得の合計が一番大きいのが右下で、4+5=9になる。

お金持ちも貧乏も、お金持ち優遇に反対する政党に投票すると、お金持ちの利得は下がるものの、社会全体の利得は最も大きくなる。

しかし、お金持ちは戦略Aを選んだ方が、貧乏がどちらの戦略をとっても有利になるので戦略Aを選ぶ。

貧乏は戦略Bを選んだ方が、お金持ちがどちらの戦略をとっても有利になるので戦略Bを選ぶ。そのため、現実には左下のマトリクスに落ち着く。社会全体では2+6=8となる。

 

結局80年代ぐらいまでの日本社会が終身雇用によるワークフェア(企業福祉)もあり、家族制度による助け合いも強く、ミニ・マックス基準(マキシミン基準)(ロールズ基準)を満たし、

また累進課税も高く、マックス・ミニ基準も満たし、一億総中流と言われる幸福度の高い社会だったのではないだろうか。

 

その後、逆方向に歯車を回して富裕層優遇などマックス・マックス基準を強め、

また非正規雇用を増加させるなどミニ・ミニ基準を強めてしまった。

難しいかもしれないが、また正しい方向に歯車を回して元に戻そうではないか。

ベーシックインカム㊻_ボード理論Ⅰ②生産が増える余地がない場合_2022/10/15

2022/10/15/Sat

 

いつも読んでいただきありがとうございます。

今年もベーシックインカム学会の年次総会が開かれるようですね。

オンラインでも視聴できるのがありがたい。

興味ある方は是非調べてみて下さいね。私は心身、モチベーションがあいかわらず振るわないので今年は見ないと思いますが、大変興味深い講演がラインナップされています。2020年、2021年はオンラインで視聴しました。

 

さて、前回のボード手法の考察のつづきです。

ボード手法とは、経済のボードゲームのようなものを想定して、その経済を為政者サイドから動かして、考察してみようというゲーム、手法でしたね。

 

生産が増える余地がある場合の考察は前回しました。その場合は、お金を増やせば経済は豊かになります。インフレのリスクは少ないです。

 

しかし、最近日々生活している中で、どこもここも混んでるというか、人手不足というか、みんな忙しい忙しいと手が回らないと言っていて、生産が増える余地なんてほとんどないんじゃないか?と思うことが多々ありました。

デフレ時代の頃とはだいぶ今は違ってきているのではないか?

これがアベノミクスの効果なのか?

 

というわけで今回は、生産が増える余地がない場合どうしたらいいのか?というお話です。

 

一つ目は分配問題として解決を図るということです。貧富の格差があるから貧しい人がいるわけで、富から増税なりして、みんなで分ければ、今現在、分けるに足るだけの財サービスは存在していると思います。富の偏りをゆるめるという手法です。

分配問題というとロールズ基準などが有名かと思いますが、詳しくは次回のブログ記事に譲ります。

 

二つ目は生産を増やす方法を何とか考えだすということです。

その一つは効率化です。デジタルやAI、アナログを駆使して効率的な仕組みを作り、たくさんの生産を可能にするよう工夫することです(実は私はアナログ人間で、デジタルが万能だとは考えていませんが)。

もう一つは人手を確保することです。人手不足が深刻で手が回らないのだから、手の開いている人材を現場に駆り出すことです。ニート引きこもりなどを雇用することで、彼らの社会参加にもなり幸福感も増すと思います。一人前の仕事は難しくても半人分でも3分の1人分でもいいのです。そういう仕事を用意してあげて、おのおのの能力に応じて働いてもらえばいいのです。

主婦など基本家にいる人でも、在宅ワーク、隙間時間のお仕事なども増えつつあるので、こういう「少しの仕事」を用意することもひょっとしたら有効かもしれません。

 

そうすることで生産を増やす余地ができれば、お金を増やすことで経済を豊かにすることができます。なので、お金の量を増やす方法の一つとして、貧しい人にもお金がいきわたるように、ベーシックインカム負の所得税によるお金の給付も可能になってきます。

 

 

現実的には今述べた全ての方法をミックスして、全て同時に行っていくのがベターだと思います。分配問題改善も、生産性向上も。

 

天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず、と福沢諭吉は言ったそうです。

自分さえよければ、他の人は飢え死にでもホームレスでも勝手にしろ、自己責任だ、と本気で思う人はいるのでしょうか。

そういう意味では、分配問題のロールズ基準で有名な「最低の人が最も豊かに(最もましな状態に)なるように分配するのが正義」という考え方は非常に大事になってくるかもしれません。分配問題については次回のブログ記事で書きます。

 

またボードを動かして、何か思いつくことがあれば今後もブログ記事に書くつもりですが、後の考察は私だけでなく読者諸氏にも委ねたいと思います。

みんなで幸せになれる世界を夢見ましょう。

ベーシックインカム㊺_ボード理論Ⅰ①_2022/09/23/Fri

2022/9/23/Fri 秋分の日

 

ボード理論Ⅰ(経済ボードゲームⅠ)

 

経済に関するボードゲームは実はたくさんあるようだ。有名なものでは不動産王を目指すモノポリーがある。その他にも石油王を目指すものなど数多くあるようだ。

私が今回考案したいのは、為政者、政策立案者サイドから経済を眺め、どうすればよりよい経済社会にできるのかを考える手助けとなるようなボードゲームである。

ボード上で考察することでよりよい経済社会を考えていく。

実態としてはボード手法と呼ぶべきだろうが、かっこいいのでボード理論と名付けさせてほしい。

 

実際にボードゲームのようにできるのか(ある程度簡略化されたものになるだろう)、より複雑なシステムになるとプログラミングなどのコンピューターゲームのような形になるかもしれない。

 

私は今回Ⅰとして、たたき台として、とても簡略化した経済を想定する。稚拙でいいのでシステムを構築し経済をボードで動かして考察できるゲームをつくる。

その後については、ここが違うとか、もっと実際は複雑だとか、いくらでも修正や複雑化は可能だと思う。そしてその都度バージョン2とかバージョン3としていけばよいと思う。私はそこまでする気はないが。

 

ボードゲームの勝敗はいろんな基準がある。

よりお金持ちになったプレイヤーが勝ち(これは他のたくさんの経済ボードゲームに譲る)、

社会全体の幸福度の総和が最大になることを目指す、

最も貧しい人が最大限豊かになることを目指す(ロールズ基準)、

など。

 

もっと後の話として、

ボード理論Ⅱ(経済ボードゲームⅡ)

より緻密な経済システムにしていく。

外国も出てくる。

この段階は終わりがないので、バージョンアップがいくつも発表されるだろう。

ボード理論Ⅲ(経済ボードゲームⅢ)

時代を超えて、経済社会を考察。

経済がそもそもない時代もある。

経済が全くなくても回る社会の存在も考察する。

望ましい社会とは何か、を分析する。

ローマ時代や、中国の周などの伝説的な社会を考察するのも面白いかもしれない。

 

とりあえず近いうちに私が手がけるのはⅠまでである。

このゲームを通して、みんなの常識が少しでも変わっていくというか気付いていってくれればいいなあと思う。共通認識としてどうすればよいかの基準を提供できれば本望である。実際にここでたどり着く結論が世の中的に実現されるのはだいぶ先の話になるだろうが、その一助になればいいなあと思う。

 

 

 

それではボード理論Ⅰ(経済ボードゲームⅠ)のはじまりはじまり。

 

【前提】

割合はだいたいです。

一国のみで考える

小中学校のように1クラス40人で一国全てと考える(集団を考える際私が一番ピンとくる単位だから)。

就業割合80%          32人

ニート引きこもり割合4%     2人(内2人未婚)

残りを専業主婦割合16%とする    6人

これで100%となる。就業世代のみで考える。

 

未婚割合20%  8人

 

就業している人(32人)の内

正規雇用60%      19人

正規雇用40%   13人 

 

就業している人(32人)の内

第一次産業 5%    2人  正規1人 非正規1人

第二次産業 25%  8人  正規5人(内1人未婚) 非正規3人(内1人未婚)

第三次産業 70%  22人   正規13人(内2人未婚)  非正規9人(内2人未婚)

これを下図にします。

 

ニート引きこもり2人(内2人未婚)

+専業主婦6人

 

生産量と給与はイコールとします。

だからこの国のGDPは、給与を全部足した1億1600万円になります。

この生産量が全て消費され、それで調度均衡しているとします。ひとまずこの生産量で消費量をまかなうのに足りているとします。過不足がない状態です。

 

 

政府のコマンド(選択肢)

①税金 税率一律20%(ここから生活保護や、負の所得税を給付する)

国債 市中消化の原則(消費主体が民間から公共部門にうつるだけ)

国債 日銀引受(禁じ手)(事実上の新たな政府通貨発行)

     生産増える余地がある場合(余地100%) = 所得倍増計画

    (前提により、生産した分は全て消費される)

                 ~     (モノも所得も増えて豊かに)

     生産増える余地がない場合(余地0%)  = 単純なインフレ

                       (モノ増えない。物価だけ上がる)

 

 

民間銀行のコマンド(選択肢)

④融資(信用創造)(預金創造)

 

 

 

【考察】

以上を前提条件にして、これをボードとして考察を行います。

コマンド①の税金について考えます。

税率は一律20%なので、GDP1億1600万円×20%=2320万円。

これが税収になります。

ここから生活保護や、公共事業などの費用を捻出します。

公共事業などで消費する分も、生産量の中に含まれていると仮定します。

 

負の所得税

私は現在ユニバーサルベーシックインカムというよりは、負の所得税が望ましいと考えています(財源をより少なくすませるために)。

一人当たりに必要な生活費を300万円と仮定すると(専業主婦は扶養されていると仮定して計算から除外します)、

働いている人で給与300万円に満たない人の差額の合計は1400万円です。

ニート引きこもりの2人分の生活費の合計は600万円です。これも生活保護ではなく負の所得税での給付とします。

上記2項目合計で2000万円となり、これが負の所得税として、国から給付される総額になります。

 

コマンド②の国債(市中消化の原則)は、民間の使うはずだったお金を政府に貸して、政府が代わりに使うという話なので、国全体の消費量(=生産量)に変化はありません。その意味ではあまり意味がありませんが、民間に任せていては作られない、道路や橋などの公共財を生産消費するためには必要なものかもしれません。

 

コマンド③の国債(日銀引受)(事実上の新たな政府通貨発行)と、

コマンド④の融資(民間銀行)(信用創造)(預金創造)

は超重要です。

コマンド①の税金とコマンド②の国債(市中消化)は所得再分配にすぎないので、何にお金を使うかが変わるだけで、消費量(=生産量)自体が増えるわけではありません。均衡点自体は変わりません。

しかし、打って変わって、コマンド③の国債(日銀引受)(事実上の新たな政府通貨発行)と、コマンド④の融資(民間銀行)(信用創造)(預金創造)は実際にマネーの量を増やす(通貨供給量を増やす)ので、先ほどの表記にあるように、生産が増える余地がないときはインフレを起こすが、生産が増える余地があるときは、生産(=消費)の増加をもたらし、経済を豊かにしてくれる。基本的に生産が増える余地がないということはありえないから、極端に走らない限りは通貨供給量は増やすべきであるし、増やさないと経済は発展しない。

これが日本の失われた20年、30年の真実である。私のベーシックインカムレポート2021の5.技術的な話、の後半に書いた最重要事項の通り、日本は上記の二本柱(コマンド③と④)の内、国の国債は他国に劣らず増えたが(市中消化的ではあるが)、民間銀行の融資が伸びなかった(他国との決定的な差)(バブル崩壊の後遺症で銀行や国民マインドが慎重になりすぎてしまった)。そのため、経済が発展せず、GDPが増えないため、GDP比での国債残高だけが、他国と比べて極端に大きくなってしまった。他国においては国債を日本以上に増やしたが、民間銀行の融資も伸びたので、マネーが増えて、生産(=消費)が増え、経済が発展し、GDPが増え、GDP比での国債残高は極端には上昇しなかった。

と④でマネーを増やしてやることで、生産(=消費)が増える余地があるなら、モノも増え、所得も増える、所得倍増計画が達成されるのである。私は昭和の所得倍増計画について詳しくないが、きっとこのような条件がそろって、高度成長がもたらされたのではないだろうか。

一方で失われた20年では、反対の所得倍減計画とまでは言わないが、マネーが増えず(②国債(市中消化的ではある)は増やしたものの、④が決定的に増えなかった)、経済が発展しなかった。日本に足りないのはマネーの増加である。マネーを増やせばできること、したいことがたくさんあるだろう。Netyaさんはツイッターやブログ、ホームページなどで、300兆円を超える大型の国の予算を提案したが、教育費や医療、科学技術などに大きく投資したあの予算は、実は必要とされている規模で、失われた20年がなければ、本来の日本はそのぐらいの規模になっていたはずである。マネーの増加とそれによる経済の発展がなかったことから、現在はいろんな分野が他国に立ち遅れてしまった。

お金の量は好きに決めてよい。

 より任意なのは、③国債(日銀引受)

 より経済環境に従属的なのは、④融資(投資マインド、民間需要(民需)に左右される)

お金は現在の量で均衡しているにすぎない。

 増減させることで新たな均衡点ができる(一部インフレ、デフレを含む)。マネー量を増加させることで、生産量(=消費量)が増え、所得も増える。所得倍増計画が実現される。

 増加させたマネーは④融資であれば民間が投資等で使うだろうし、③国債(日銀引受)であれば公共事業を通して公共部門が使うかもしれないし、負の所得税の給付等を通して個人が消費に使うかもしれない。つまりお金を使う量が増えるので経済は発展する。

 

・・・・・→

以上のように考えていくと、結局の話、最後は

 生産性の問題

 分配の問題

 人口の問題

 環境の問題

などに行きつくかと思われます。

 

 しかし、当面の問題は経済的に困る人がなくなることを私たちは望めばよいのではないでしょうか(分配の問題の解消、がテーマかな)。今回のボードでの考察を通して、それは可能なような気がしてきます。

 野口英世は黄熱病の研究をしたが、当時の顕微鏡ではその病原体の発見は不可能だった。このことは私がしばしば思い出すことだ。しかし、その後ワクチンが開発され、今では治療可能なものとなっている。そのようなことは多々ある。今はまだ経済に苦しむ人が数多くいるが、その後においてはそれが解決可能なことが常識となっているとよいと思う。

オイコノミア(エコノミー)(経済学)を学ばせていただいて早いくとせ。格差社会を解消したいと思っていた私の思索は、ベーシックインカムを経て、今回のボード理論Ⅰに結び付いた。経済に苦しむ人がなくなることを願います。

今日の話がみなさんの共通認識になることを願って。

 

 

ベーシックインカム㊹_真の国民主権を⑤_2022/06/19

2022/06/19/Sun

 

いつもご覧いただきありがとうございます。

「真の国民主権を」シリーズとしては10ヵ月ぶりの更新になります。

 

 

資本主義性民主主義(私の作った造語)

現在の日本は、民主主義であり、一人一票なのではあるが、

実は経済的地位の高い人に有利なように巧妙に仕組まれている民主主義で、

一金一票のような実態になっていると思われる。

 

本当の民主主義なら、貧しい人が多いのなら、非正規雇用の人が多いのなら、その人たちが有利になるように事は運んでいく。

 

いっそ選挙とか代議士とか(間接民主制)やめて、

インターネットで政策に対して個々人が是非を投票する形、

アテネ直接民主制でもいいんじゃないかな?

これほどインターネットが発達したのだから可能だろう。

そしたら全然違う国の形、経済の形になると思う。

 

新田たつふみさんが主張するように、真の国民主権がないと、

ベーシックインカムにしろ何にしろ、国民の思うような形に政策がなっていかないという主張はまさしく正しいと思う今日この頃。